To the moon and back.

関西在住30代OL。日々のつれづれをぼちぼち綴ってます。内容は、お買い物ログ・婚活のやきもき・仕事のあれこれ・読書記録・雑記(ただの日記)多め。

君の才能が欲しかった

これはただの過去語りです。

 

リアルな人間関係で嫉妬するくらいの才能を持った人に出会うのは稀だけど、2年前に付き合った彼はそれだった。

付き合う前に友人から連絡先をもらった時、彼のプロフィール画像がシンバルの写真だったので「あ、この人経験者だな」と思い声を掛けたら、ビンゴ。好きで今でも叩いてるんです、と言われて思わず頬が緩んだ。青春を吹奏楽という部活に捧げた私にとっては、現役プレイヤーでなくなっても、楽器や音楽というキーワードはとても大切なものになっていた。

その後、2回晩ごはんに行った帰りに「付き合ってほしい」と申し出て、初めてのデートで立ち寄ったのが楽器店だった。「そういえば、まだドラムやってるんでしょ?せっかくだし叩いてるところ見せてよ」と冗談半分でドラムセットに座らせると、彼は構えを定めて、すっと叩き出した。ほんの数秒だったけど、一目で分かった。

この人、ヤバい。

今まで出会ってきたアマチュアの現役プレイヤーの中で、ダントツで上手かったのだ。私がかつて(勝手に)最高峰に位置付けていて憧れを抱いていた、部活の先輩を超えていた。あまりにも興奮し、慌ててリトライをお願いして動画を撮った。照れながらスティックを振る彼の表情を、今でも覚えている。

正直、付き合うのは「話の内容やテンポが合いそう」というだけで、見た目は別に好みじゃなかったし(笑)、仲の良い友達の紹介だったというのが大きかったと思う。でもドラムを鳴らす彼を見た時、私に衝撃が走った。この人の才能を止めてはならない、と。同時に、私より上手な人で良かったと思った。まあ、私より上手な人なんてごまんといるけれど、高校の時はそれなりに叩ける方で、軽音楽部のドラマーは煩い割に下手だなーと正直思っていたしw、高校2年生以降はドラムソロはほぼもらっていた。そんなちょっとした自負があったから、もし彼が私より下手なのにいきがっていたら、きっとイライラしていたと思う。そういうことを一瞬で考える位には、彼の才能に惚れ込んだ。

その後も事あるごとに演奏動画を見せろと言い、スタジオでデートしようと言い、写真を撮りまくった。次第に分かった、これは圧倒的才能への『萌え』だ。自分に無いものを持っている人が私の彼氏だということに、心底酔っていた。そして彼もまんざらじゃない表情だった。

正直言うと、その人はコミュニケーション下手で内向的だったし、友達も少ないようだったし、職場でも心配されていたようだけど、私にはそんなこと関係なかった。自分で撮った動画を何度も再生して、会えない日に観ていた。傍目から見るとかなりヤバい奴だったと思う。彼は彼なりに外での評価をもらいたいようで、ニコ動に顔出しなしでの『演奏してみた』動画をアップしていた。アップしたら私に連絡が来て、私が感想を述べる(「天才天才最高!!!」)のがいつもの流れ。辛辣なコメントも多い『演奏してみた』タグの中でも、彼の演奏動画は再生数こそ伸び悩むものの、かなり評判がいいことは見て取れた。たまに私も叩いて見せたけど、彼の前で叩くのはもはや恥ずかしかった。自分で叩くことが恥ずかしいと思う日が来るなんて。イケイケだった高校生の私に伝えたらビビるだろう。とか言いつつ、ドラムに座ったらそれなりの時間叩き続ける私に「めちゃくちゃやる気あるじゃん」と笑われていたのも私らしいが。

彼の更にすごかったところは、初めて聴く音楽に即興で伴奏をつけられたこと。「この曲めちゃくちゃいいんだよ!」と、私が当時ハマっていた坂本真綾さんの『逆光』をiPhoneで流すと、数小節で音源に合わせながらアレンジして叩き出す。たまげた。私も簡単な8ビート位だったらできるけど、初見でここまではできない。地元が関東の人だったので、数か月に一回大学時代の仲間とライブをしに帰っていた。そういうのも、好ましく素敵に思っていた。

 

この話にオチはない。付き合ううちに彼のいろんなところが好きになっていったけど、猛烈に心を鷲掴みにされたきっかけは、圧倒的な音楽の才能だ。音楽関係の仕事をしている母の影響で、連れられたコンサートやコンクールでいろんな「神童」を見てきた私にとっても、十分いけると思わせるほどだった。高校で同じパートだった友達に「元カレ、ドラムがめっちゃ上手かったんだよね」と笑いながら話すと、「それは、全部持ってかれるな。いきなり120点取っていくよな」と返してくれた。分かるぅ。

 

その後は、彼がストレスで職場に行けなくなり、ドラムも一時的に叩けなくなったりといろんな出来事が起こり、結果的に私とも別れることになったのは、過去のブログにも何度か書いた。自分語りを定期的にしたくなる位には、思い出に焼き付いているから。

 

なぜこんな2年前のことを急に書きたくなったかというと、こんな曲を聴いたからです。

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刺さりすぎて、今まで書いてきたようなことを一瞬で思い出して、深夜に号泣してしまった。私の中にもまだ涙が残っていたんだなあ。いい加減、もう泣き尽くしたと思っていたのだが。

私は結婚するなら、やっぱりこれくらい好きになりたいと思ってる。圧倒的才能が無かったとしても(別に無くていい)、これくらい好きになれる人に出会いたい。別れてからこうして1年後も2年後も泣いている自分に愕然とする。このまま3年後も4年後も10年後も同じように泣いていたらどうしようって割と本気で考えている。「そんなことある訳ないやろ」って友達に100%ツッコまれることは、分かっているけど。ブログには、基本ポジティブなことを書いているしそれらは嘘ではないけれど。

もう一つ書いていいでしょうか。大好きな友達(友達という言葉が適切か分からないけど、分かりやすく友達と書く)たちに彼氏彼女や婚約者や夫/妻ができて、それだけで私はここ2年ほどメンタルがやられていた。「そんな風に思える相手と出会えて良いなあ」という嫉妬もあるけど、大切な友達を私の知らない”パートナー”なる人に「取られる」という思いがあったからだ。私の方がずっと長い付き合いなのに、友達としての喜び・悲しみ・悩みも一緒に共有して乗り越えてきたと思っていたのに、特定の人とパートナーになるってだけで、みんな名前の知らない人に搔っ攫っていかれたような気がして堪らない。籍を入れるってそんなにえらいことか?そっか、友達は家族にはなれないもんね。家族のような付き合いにはなれても、家族にはなれないもんね。ま、みんな喋っていたら普通だし相手も何も変わっていないんだけどね。私が勝手に序列をつけているだけ。

じゃあ家族って何?そういうことを考えていたら、寂しくなって婚活したいなーというモチベーションになったりもしたけど、久々にかつて心底好きだった人のことを思い出して、胸が苦しい。別れてから1年半くらい経つけど、同じように好きになれる人は現れていないことだけは分かる。ずっと出口の見えないトンネルをうろうろしているみたい。

ああー。やっぱり大好きだったな。結婚してくれなくても一緒に居てくれたらよかったな、くらいには思ってしまう。別れ方はクソだけど。そのことが私を引き留めるけど、楽しかった思い出や救われた経験が、今の私に次の出会いを信じさせるくらいには効果がある。2年前はお互いに間違ってしまったけど、次は私は間違えないでいられるんだろうか。

『誰かと結婚なんてしないで忘れないでね さよならだけして』

もう一生会うことはないんだから、そう思うくらいは許されてもいいんじゃないかしら。