To the moon and back.

関西在住30代OL。日々のつれづれをぼちぼち綴ってます。内容は、お買い物ログ・婚活のやきもき・仕事のあれこれ・読書記録・雑記(ただの日記)多め。

反・フェードアウト

ここ数年考えていたことを、満を持して書く(何だか大層だが)。

『フェードアウト』をした、もしくはされた経験はあるだろうか。

ここで言うフェードアウトとは、どうでもいい人との関係ではなく、親しく交際していた人によるフェードアウトを指す。苦手になって自然と疎遠になったとか、どう考えても離れた方がいい人と距離を置いたのではなく、そこそこの頻度でちゃんと顔を突き合わせ、お互いの素性も知った上で突然フェードアウトしてくること(きっかけはあるにせよ、突然居なくなったり連絡を絶つパターン)。

多感な思春期は別として、私は自我が確立してから、フェードアウトをしてこられて自分を苦しめたと思う人が二人いる。一人は仲の良かった後輩で、もう一人は付き合っていた彼氏(彼氏は私が問い詰めたことで、フェードアウト未遂に終わった)。サークルなど集団の中ではぽつぽつ見かけるが、密に接していた訳では無いので省くとする。自分でフェードアウトしたことは、多分無い。

マジでめちゃくちゃ疑問なんだが、「なんでフェードアウトするの?」。人と接触すること自体が嫌な期間は誰しもある。仕事がハードすぎて他に何も考えられない時期もある。私個人の行動にも非はあっただろう。嫌な言い方をしてしまったかもしれない。ただその不満をぶつけることなく、自然に消える(消えようとされる)行為を、私はズルいと思う。それまでの信頼関係や思い出は何だったんだろう、という気持ちになるし、一方的な信頼や愛情だったのかと泣きたくなる。それまでが冷め切っていた関係ならそもそも泣きたくなんてならないし、笑顔で一緒に居た時間があるからこそ、フェードアウトされたことを信じたくなくなる。

フェードアウトされたことに対して、自分の過去の振る舞いを責めたことも、自省してみたら?と周囲に言われたこともあるけれど、数年かけて、やっぱり私は思うのだ。「勝手に消える奴は、臆病者でズルい奴」。

フェードアウトすると気が楽でしょうよ。嫌な人と距離を置いて、自分のペースで連絡を絶ち、精神が安定した頃に居たコミュニティをそっと抜け出す。形式上自分を悪者にして、それを人間関係の盾にし、その場から逃げる。「フェードアウトするしか無かったんだよ。誰もが晴ちゃんみたいに、白黒つけられる人じゃない。強くないんだよ」みたいな相手側の言い分を周囲に言われたこともある。は?別に強いからフェードアウトしないんじゃないだろうが。人と人との関係性で、裏切っては絶対にだめなラインを守っているだけだ。”弱さ””もろさ”という言葉を引き合いに出すのは、卑怯だ。

 

先日ブログにも登場した先輩に、ちらっとこの話をしたら、

「ああ、時々いるよね。自分がしんどい時に、周囲に気を遣えない人」

言語化をして下さり、腑に落ちた。自分がしんどかったら何をしてもいいんでしょうか。相手を傷つけてもいいんでしょうか。それは違う。

ついでに思い出したのが、フェードアウトした元彼氏のことを上司(仲が良いので何でもかんでも喋っていたw)に話した時、

「相手もしんどかったかもしれないけれど、晴だって同じだけの時間を過ごしたんだから。決して短くない時間を使って、心を砕いて一緒にいようとしてたやん。だから、フェードアウトするのはあり得ない。相手の気持ちや時間を使っていることへの意識が足りなさすぎる」

と言ってもらったのも強く心に残っている。そうなんだよ。同じだけの時間を過ごして、私だって消耗している。そんなに一緒が嫌なら、ダラダラせずにはっきりと伝えてくれた方がよっぽどいい(その時は苦しむが)。フェードアウトされたのか、ただの相手の気まぐれや疲れなのかを確かめようとするのは、自分の心が病む。

フェードアウトする人は、相手と向き合った時に自分が責められて傷つくのが分かっているから、あえてその場に出てこないのだ。

 

なので、今は声を大にして言う。フェードアウトはやっぱりあり得ない。最低限の土俵に出てこない人は、信用が置けない。人間関係って綺麗事だけではなくて、ドロドロしているものだと思う。いい面だけを吸おうとするな。いやな面もどうにかこうにか向き合ってこそ得られるものがあると私は思うし、それを信じているから、擦り切れ状態でも何とか土俵に立っている。でも、相手が土俵に乗ってこなければ、何も起こらない。

最後に。フェードアウトされた人に対して、私は必要以上に気に病むなと言いたい。私自身、言われずとも自分の行動を一から十まで死ぬほど反省するタイプで、過去を振り返っては傷を掘り返し、グサグサやられていた。相手と向き合えない人を庇う必要は全くない。違うのだ。自分を責めてはいけない。フェードアウトされたことと自分の価値を繋げない。フェードアウトする行為そのものが不誠実なのだから。もし今後同じような思いで苦しんでいる人がいたら、そう言ってあげたい。